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【淋しいのはアンタだけじゃない】感想ネタバレ第3巻(最終回・最終話・結末)まとめ

2016年から2017年までスペリオールで連載していた『淋しいのはアンタだけじゃない』最終巻3巻の最終回(最終話)を含めた感想ネタバレまとめです。結末(ラスト)はいかに!?

医療の現場でふれた課題と光明。しかし、取材をすすめれば、取材対象者の見解をすんなり描けない現実にもぶつかって…マンガ家は自分のマンガに揺れ動く…結局、僕らの『ほんとう』はどこにある?マンガで進化する新感覚ドキュメンタリー!!&ミステリー!?ついに完結へ!!マンガがいちばん人に迫るのだ!!

目次

第14話 聞こえ方
第15話 耳鳴りと難聴
第16話 治療への挑戦
第17話 診断書
第18話 齟齬
最終話 医学、そして…

本編あらすじ

中途失聴した女性に取材すると、50デジベルの難聴について語る。感音性難聴の個人差が激しく、70デジベルでも会話できる人もいれば、50デジベルで全然わからない人もいる。相手の声の周波数や周囲の環境、自分の体調など様々な要因が重なる。

作者と編集者も実際に補聴器を装着させてもらい、不快な音が聞こえることのストレスを身を持って体験する。ずっとお囃子の「ピーヒャラドンドン」が聞こえている状態だと話す。女性は「もう音は聞こえなくていいから耳鳴りはどうにかしてほしい」とまで。

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栃木県宇都宮市にある宇都宮病院聴覚センター長の新田清一氏と言語聴覚士の鈴木大介氏にも取材。耳鳴りに悩む患者は全国に300万人近くいると言われており、中にはずっと眠ることもできず鬱状態になってしまう人も…。診療報酬は上がらず「耳鳴りの研究してたら研究室つぶれるよ」と言われた逸話も紹介される。

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補聴器を専門に扱う言語聴覚士は少ない。ほとんどの耳鼻科では補聴器の調整は業者に任せて、具体的な補聴器のこまかい使い方はわかっていないことを課題だと語る。

新田氏と鈴木氏はまだ仮説にすぎないが、耳鳴りのメカニズムは難聴により電気信号が脳に届きにくいことで、脳が電気信号の不足を感知し、脳が不足部分を補おうとして活性を高め、電気信号を増幅した結果、耳鳴りが発生すると考える。

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そもそも日本の補聴器の売られ方にも問題があると指摘。国家資格なしに補聴器を売ることができるのは世界の中でも先進国では日本だけ。欧米諸国では難聴者に補聴器を販売する場合は、まず必ず医師による診察をおこなって、有資格者による診断、検査、調整をしてからようやく補聴器を販売する。

しかし、日本では街のメガネ屋が販売している。日本では医薬品医療機器法に基づき、保健所へ届け出て許可を受ければ誰でも販売が可能。医師の診察もなく買ってすぐ使えることが災いし、調整が合っていない状態で販売されている可能性を危惧している。

日本耳鼻咽喉学科会では近年「補聴器相談医」制度を作り補聴器に取り組む姿勢を少しずつ改善していっている。氏らは『補聴器による脳のリハビリ』を提言しており、実際に効果もあげていることも話す。

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全国に2万人の言語聴覚士がいるが、聴覚専門は1%もいない。ほとんどの言語聴覚士は嚥下訓練か失語症の言語訓練を専門にしている。そもそも難聴や耳鳴りを専門とする病院への就職口も少ないことも影響。

最終話では、第7話から第8話スペリオール掲載時点にかけて作者と佐村河内守氏との間で大きな考え方の相違が生じてしまい距離ができてしまったことが明かされている。作者は幾度か気持ちを伝え、休載をしてまで佐村河内守氏からの連絡を待ち続けたが、結果として会うことができず、スケジュール的にも厳しくなったため連載を進めることに決めたとのこと。

***感想・評価・考察***

第20回文化庁メディア芸術祭の審査委員会推薦作。ドキュメンタリー漫画家の吉本浩二氏による作品で、『ブラック・ジャック創作秘話』からのファン。その延長で購入してみたが、大変勉強になり満足度の高い本だった。

衝撃的だったのは『耳鳴り』問題。普通の人間なら気が狂うのではないかと思う症状だった。もしも「耳鳴りは治らない病気」だと説明されたら自分だったら自殺するのではないか。近年では耳鳴りの研究も進んでいるとのことだが、難聴を取り巻く環境は予想以上に厳しいものだった。聴覚障害を取り扱っている漫画では『聲の形』が有名だが、まだまだ聴覚障害について世間一般に知られていないことは多い。

難聴者としては日本一有名な佐村河内守氏にも取材をおこなっている。2014年の騒動当時は聴覚障害について掘り下げられないままマスコミと世間からバッシングされていたことがわかる。彼が本当に聞こえていないのかどうか議論されているが、本人が聞こえないと言っている以上は聞こえていないと信じたい。

取材当時は睡眠薬や精神安定剤を毎日服用しているとのことで、余計に症状が酷くなるのではないかと思う。2020年現在の佐村河内守氏は自宅が差し押さえられ行方知れずらしい。真実は永久に闇の中だろう。

日本では70デシベル以上じゃないと障害者手帳はもらえない。先進国でこんなに厳しいのは日本と韓国だけで、WHOの基準では40デシベルから聴覚障害者と認定される。佐村河内守氏の聴覚検査が一回かぎりだったのは専門家からも疑問符がつくらしく、彼も日本独自の基準の犠牲者だったのかもしれない。

本作は聴覚障害をテーマにしているが、多くの医者と難聴者の両方に丁寧な取材をおこなっており、健聴者にもわかりやすく解説。説明が多くなってしまっているが、難解な聴覚の仕組みを説明するには致し方ないと思われる。

本作内でも触れられているが、本の売れ行きは芳しくなかったらしい。いわゆるジャンプやマガジンのような読んで楽しい、ワクワクする系の本ではない。むしろ『学ぶ』ことを目的にした勉学としての側面が強い。

作者はもっと掘り下げたかったと思っているだろうし、掘り下げられると思う。特に新垣隆への取材は日程が合わず連載中に実現しなかったらしいが、読者側としてはそこまで取材した上で単行本化してほしかった。しかし、本の売れ行きが良くない以上は連載を継続できなかったのだろう。

聴覚障害者は見ただけじゃわからない。その見た目で理解されづらい聴覚障害者を掘り下げた漫画として、学校や図書館に置くことを推奨したくなる一冊でした。